-だから僕は部屋をやめない-
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カールじいさんの空飛ぶ家
ついに観ました!



カールじいさんの空飛ぶ家。


いやー、これはもう見る前から感動作品でしょう、と。

トレーラー見て、「あぁ、だいたいこんな感じの映画なんだなぁ」って
予想できる範囲でもう涙が滲んでくるような、そんな想像をしてました。


実際観て、正直意外だった。
うわー、こんな映画だったんだ。


想像してた感動と、それとは違う種類の感動でより泣けました。
そして、想像してたよりずっとアドベンチャーな映画でした。




↑というのが、この映画を観て俺が正直に書いた感想。
この先は、↑を書いた後にあるレビューを見て書いたこと。

俺は映画のレビューとかは全くと言っていいほど読まないんですが、
流石に今回ばかりはこのギャップに違和感を持って、調べたところ

俺が何故こんな感想を持ってしまったのか。

その理由が分かって、それがすごく深イイと思ったので。
 
 
 
 
 
ちなみに、俺の書いてたもう「1つの感動」はというと。



この映画、実は「亡き妻の夢を叶えるため」の旅は途中まで。

その場所にたどり着いて、妻の本当の気持ちを知ったじいちゃんが
今度は「自分の夢」のために、自分の本当にやりたいことに向かってく。

そこで思い出の家財道具を全て捨て去って、再び夢と共に
空に舞い上がるシーンはもう感動と興奮で嗚咽モノ。

うぉー!じいちゃんがんばれー!って感じ。


で、そっから先はもう本当にアドベンチャーです。
しかもかなりアクティブなやつ。

いや元気ですわこのじいちゃん。
すっごくいい話じゃん、と。





で、これいったいどういう意図やねんと思って、
PIXARのストーリーていつもこんなんだっけ? と。

調べるに至ったわけで。





なぜ俺が違和感を感じたかというと、簡単なことで、
トレーラーで妻の死という「感動」を前面に押し出し過ぎてたこと。



実際に観ると、実はその部分は大事だけどそれだけじゃない。

これは、「感動映画」じゃなくて、若い頃冒険に憧れた少年が、老人になっても冒険する心を忘れず、少年と共に旅に出るという「冒険映画」にも取れるんだ。

じゃ何故そんな「感動推し」のトレーラーが?

それが面白いところで、実は
本家のPIXARはそんなトレーラーを流してない。

というわけで、この2つのトレーラーを見比べるとすごく面白いです。
(日本版) / (本家版)


本家では、妻も死んで、土地も追われた老人が少年と旅に出て、
そこで大冒険を繰り広げる、バリバリのアドベンチャーという内容。

日本では、亡き妻の夢叶わなかった場所へ、老人が家と旅に出て、
困難を乗り越えてそこにたどり着く、コテコテの感動超大作という内容


特に家が飛んだ瞬間の老人の振る舞いが特に印象的だった。

トレーラーで伝えているのはどっちも事実なんだけど、それで
こうも見え方が違ってくると、字幕とかもちゃんとニュアンスまで
汲み取ってたのか不安になります。

日本版では『悪役』の姿すらでてこないのは、もう違う映画じゃん。





なので、感動作だとばかり思って観た俺は、
「確かに感動もあるけど・・・うーん。」という違和感を感じてしまった。

ここからは想像だけども、“本当の”PIXARが描いたストーリーの狙いは、
冒険メインで胸を躍らせつつも、実はその中に隠されている感動とか
夢とかを後から観客に汲み取ってもらいたかったんじゃないだろうか?





なぜ本家の意図とは違うトレーラーを日本が流しているのか、
どこの意図でそれが変えられているのかはわからないけど。

『日本には涙で売っとけ』 みたいな流れがあるんですかねぇ。

よく試写会の映像で 『感動した!』 とか『泣きました!』とか
笑いながらしゃべってる映像を見せられるような、そんな感じ。

そんな安っぽい感動の押し売りはいらないよー。

そんな押し売りをしなくても、いい映画だと思うけどなぁ。
なんだか日本のやり方がすごくチープな気がして、ちょっと残念でした。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。